「密教」概論3 オウム2号がでないために

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密教を知るには、純粋密教の高祖空海など数々の仙人クラスの偉人が日本にはいらしゃいました。
このような有名な方々をご紹介した方が密教は理解しやすいかもしれません。
密教とは、庶民を救済する崇高な目的をもったものです。 くれぐれもオウムは邪道・邪教なのです。 ニャオン

今回は、おやじの尊厳する役行者さま「金剛蔵王大権現」を山林修行や苦行の末金峯山上にて感得され、修験道の基礎を開かれた仙人クラスの御仁です。
空海・最澄が中国から純粋密教を伝来するまえ 日本における密教(雑密)のスーパースターです。
日本の山岳修行の開祖と言われれ数々の伝説が残っています。

役行者さまは、奈良の金剛・葛城の葛城木山脈をいただく葛城山に生まれ厳しい修行をされた方です。
古代、ここは葛木山と呼ばれ神々の住まう霊地と言われていました。
役行者さまは正式には「賀茂役君小角 かものえだちのきみおずぬ」と言います。古くから葛城地方のに大きく根を張った賀茂一族の中で特別な「役(えだち)」を受け持っていたのです。
葛城一族は大和朝廷も一目置く存在で、縄文時代からこの地に住まう葛木山の神は、神託を下して人々を導き、その予言で村人を救い、うまやう人々の願いを聞き天変地異の災厄を和らげてくれました。
賀茂一族は、古代葛城の支配者として、この葛木の山の神事をつかさどってきたのです。
この山の神の信託を直接あずかる「役」を担っていたのが小角さまの家系だったのです。 
いわばシャーマンの家系と言えます。

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日本の正史『続日本紀』によるとは634年(舒明天皇6年)、御所市茅原で誕生。名は小角といい、幼少の頃より葛城山で修行するなど、伝えられています。
やがて修行の高まりと共に、強固な精神力と、煩悩を克服した境地に達し、呪術家としての名声は天下に鳴り響りました。
699年(文武天皇3年)、韓国連広足(からくにのむらじひろたり)の謗言によって伊豆大島に流罪になり、701年(大宝元年)無罪がわかり、許されて都に戻られました。同年6月7日68歳で、箕面の天上ヶ岳にて入寂されたと伝えられていますが、異説も多く、「昇天した」「母を鉄鉢にのせて海を渡って入唐した」などと多くの伝説が残されています。その尊像の多くは、折伏した2匹の鬼(前鬼・後鬼)を従えた仙人風の姿で祀られています。
1100年忌にあたる1799年(寛政11年)に光格天皇より、神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)の諡号(しごう)が贈られました。

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