サヨナラ ダイエー

ダイエーがイオンの100%子会社になることが決まった。
これで、日本の流通業界をリードした「ダイエー」の名前は消えることが決まった。
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1957年大阪市内に開店したダイエーの第1号店は、千林駅前店。
「主婦の店」の看板のもとで、日用雑貨や化粧品、薬、缶詰などを積み上げる方式で人気を呼んだらしい。 今でいう「ドラッグストア」の先駆者だった。
1964年には「ダイエー庄内店」(現・ダイエーグルメシティ庄内店)がオープン。日本において初のショッピングセンターの実験をおこなった店舗であり、日本初のショッピングセンターでもある。

ヤフーニュースに、ダイエーの貢献が掲載されていた。
①消費者重視の姿勢は、時にはメーカーとの摩擦を生んだ。創業者の故中内功氏は「価格は消費者が決めるもの」と唱え、松下電器産業(現パナソニック)の製品を 安売りした。松下がダイエーへの出荷を停止すると、自ら低価格のカラーテレビを発売して対抗。松下との「30年戦争」の結果、メーカーの希望小売価格は形骸化し、価格決定の主導権は消費者に近付いた。
②現在では流通大手の収益を支えるプライベートブランド(PB)についても、ダイエーが61年にインスタントコーヒーとして先駆けて発売。80年代に手掛けた「セービング」は当時、西友の「無印良品」と並ぶ人気PBだった。
「消費者目線を徹底した新種の商売は革新的で、小売業に与えた功績は大きい。と評価している。
一方、街の小売店がつぶれ シャッター通りとなった先駆けでもあった。

買収するイオンは、流通以外にも、個人向けの金融ビジネスも膨大で、他の多角化にも、アグレッシブだ。 
でも、大きいことは、ほんとうに いいことなのだろうか?

発展途上から一気に先進国スタイルに移行した上海など、小売店舗は、存在しない。
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それは巨大な駅近モールが主要駅に存在し、小規模な形態は、コンビ二しかない。 観光客が来る 昔ながらの商業地区には、小売店があるが、金製品ショップやほとんど偽物ブランドショップ ぷぷぷ
いわゆる日本の昔ながらの地域の小売店は、ほとんど存在しない。
巨大モールは、とても商業的で人間みがなく、ものすごい混雑していて喧騒だが、なぜか殺風景だ ううう

おやじは嫌いだったなぁ。 
日本の小売店「おばちゃんこれ頂戴」 「オッチャンこれ安くして」 などの人の温もりがなくなるのは、とてもさみしい

日本も上海のようになったら とてもヤダニャー

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