羽生選手の演技 絶句の4分半

羽生選手の演技 絶句の4分半は、その前の30分の出来事にすべてがあった。

258

「北京のフィギュア選手権でのアクシデント!! 羽生選手が けがを押しての演技・・・」
今日のテレビのコメンテターの解説は、賛否両論
やはり まあ 頑張ったけど やめさせるべきだったとの意見が多い、 彼らは、おそらく この試合の全編を見ていないはず、
このコメントが、なんか気にかかり 探すとありました。
昨日の画像が・・、最終日のフル映像がユーチューブに

フルの再生をみて 驚いた ううう
衝突直後 ちょうど現場取材で リンクのすぐそばにいた松岡修三が解説 「これは もうむりでは・・ やめさせるべきでは・・・」 ほとんどの観衆は、その気持ちになっていたはず・・・おやじも その時 監督やコーチの試合をとめられない 弱さに ちょいと 怒りを覚えていました。が・・・
なんと彼は、あることで、試合に出ることを決心していた。

彼が、試合続行を決めた瞬間を おやじ見てしまった。
衝突後、係員に抱えられながら リングの外へ
意識朦朧としていた時 彼は、ふと気がついて 衝突した中国選手の名前を叫ぶと 会場の外で治療していた選手の様子をみにいった。 その時、彼は、見た。試合ができない選手の状態を。 (事実、中国の選手は、この時点では、試合放棄を宣言し、奥の控室へ・・・)

このあと、羽生選手がリンクに戻るとき かれの眼は、もうろうな目ではなく 「闘志にみなぎっていた。」まるで 般若のような まなざしだった。

きっと、こう思ったのだろう 「僕には、かれの為のにも 試合に出て闘う責任がある。」 「そして大勢の自分を支援してくれた人々にために・・・」

585試合前の練習再開では、 なんどもふらついていた その中で、何度も自分の振付を確認するように 練習を再開・・・
「僕はできる。 僕はできる。」と確認するように・・・ ジャンプまで試みる。

試合に出ることを決めた 「彼の練習の演技に」 「彼の闘志」に 周りも その気迫・気力が移って 重苦しい 緊張した臨場感

松岡修三も もう やめろ やめたら など 言わない。
おやじにも 画像を通じて 彼の気迫が伝わってきて

ようし やれるまでやってみろ という気持ちになってきました。

いよいよ 試合 最初のジャンプは 失敗 しかし踏ん張って ダンスを続ける。 もう一度失敗。しかし、後半のジャンプに成功 体がくねりながらも態勢を確保 ううう。  ステップなどは、世界が絶賛する華麗さで演技する。 そしてスピン これは、頭などが遠心力を抑えるため相当の緊張を強いられるハズ・・・ううう
アナウンサーも解説者の佐野稔も みな 涙声での応援
演技がおわると 会場はわれんばかりの喝采
演じきった後の表情は・・・、まだまだ 緊張をゆるめていない でもその中で やりきった満足感が 見えてくる。 「ようやった」

その後、スコアーを待つ席にいくときも まっすぐに歩けない状態 スコアリングを待つが 気のせいか すごく長い時間がかかっている。 そのスコアーが出た時「驚きの高得点 現在順位は1位」 羽生選手は、驚いてコーチと顔を見2145合わせていたが 我に返り 目を抑えて涙を・・・
羽生選手 泣いて いいぞ いいぞ  おやじも泣いてます。

松岡のコメント
修造 羽生に感動「諦めるなとか、無理だとか、そういう言葉では片付けられない。」
佐野稔も 涙ながらに これはフィギュア史上に残る試合になった。と解説

彼を付き動かしたのは、おそらく 日本人が持つ 「公人の心」だとおやじは 思います。
自分ではなく他人を思いやる心 自分を殺しても、他人のために生きるという志

この時の彼がおかれた環境は、
優勝を有力視される中、前日のシュートプログラムで失敗  練習で偶然とはいえ この衝突も自分の過失と認識 さらに相手選手をケガをさせてしまった罪悪感とそれに対する責任感。
だからこそ 自分ができるなら 必ずやる。 という とても強い意識だったのであろう。
決して自分への功名心やエゴなどではなく 日本人が持つ特別な責任感だ。  個人主義が中心で、合理的な思想の強い欧米ではナンセンスなこと 昨今の日本も個人の将来を合理的に考え行動することが実に多い。

32569
ありがとう 羽生選手 感動というより、今、忘れかけているこのような気持ち「大切な意識」を思い出させてくれました。

早くけがを治してください。 後遺用症など決して出ませんように。

にほんブログ村 オヤジ日記ブログ 50代オヤジへ にほんブログ村 酒ブログ 酒情報へ  1クリックで、親父は1ニタリになります!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA